特定非営利活動法人 北区リサイクラー活動機構
 
   
気仙沼 大島のみなさんとの交流  
            
    NPO北区リサイクラー活動機構 滝野川西エコー広場館で活動している手作り品の数々が東日本大震災で災害を受けた
    気仙沼大島の皆様に送られました。
    その感謝とお礼の写真や御手紙を頂戴しておりますので、ここに紹介致したいと思います。
        
  
大島そばプロジェクトの皆様 気仙沼市立大島小学校 3年生
新天平仮設住宅の皆様  頂いたお手紙の数々


 【 気仙沼市立大島小学校長先生より (お手紙本文より抜粋)】
 拝啓
 
 気仙沼大島も雪が舞い散る季節になりました。
 滝野川西エコー広場館ボランティアの皆様お元気にお過ごしですか。
 私は、宮城県気仙沼市立大島小学校の校長をしております。大島で生まれ、大島で育ち、現在母校大島小学校で仕事をしています。来年の3月31日には、定年退職です。
 さて、先日は皆様から心温まるひざ掛けや座布団、コタツ掛けをいただき本当にありがとうございました。仮設住宅の皆様、保護者の皆様、職員等にお配りさせていただきました。皆さん本当にうれしそうでした。同時にすばらしい贈り物に驚いていました。
 これから本格的に寒くなる季節を迎えますので最高の贈り物だと思います。滝野川西エコー広場ボランティアの皆様の写真を拝見させていただき、お一人お一人が生き生きと活動なさっているので、素晴らしいなあと思いました。
 あの大震災から1年9カ月が過ぎましたが、大島小学校の子供たちもお陰さまで、元気で学校生活を送っております。

 大島小学校のことを少しお話しさせてください。
 大島小学校は気仙沼湾に浮かぶ小さな島にあります。海に囲まれた自然いっぱいの島です。昨年の東日本大震災で、1年生の女の子が津波で亡くなりました。お母さんを亡くした子供もいます。家が全壊の子供もいてその子供たちは今、仮設住宅から通っています。
 今、大島小学校の子供たちはあの震災から1年9カ月を経過して少しずつ落ち着きを取り戻し生活しております。
 
 一つ目は、昨年の12月25日に本校の体育館でミュージカルを行いました。大島の子供たちが4歳から中学生まで31人出演しました。おばあちゃん、おじいちゃん、そして保護者のみなさんが応援に駆けつけてくれました。ミュージカルの最後に子供たちが「私の3.11」という題で短いコメントをみんなの前で話しました。6年生の女の子は前の学校が大きく被災し、父親の実家がある大島小学校に転校してきました。3月11日には大人の人に水の中をおんぶされながら命からがら助かった様子を話しました。みんな涙を流しながら聞いていました。子供たちはそれぞれいろんな経験をしたようです。
 
 二つ目は、6年生の女の子が『ありがとうのお手紙コンテスト』で北海道・東北ブロックで最優秀賞になったことです。
 彼女の家は津波に流され何もありませんが、震災で支援を頂いた方々に感謝し、家族の絆を、友達との絆を大切にしながら生きていこうという気持ちを手紙に書いてくれました。
 彼女は弟さんと一緒に毎日仮設住宅から通学しています。現在中学1年生です。同封した「ありがとうの作文」そして、お母さんの手紙を読んで頂きたいと思います。
 大島小学校一人一人の子供たちには、地震や津波に負けない強い気持ちを持って頑張ってほしいと同時に亡くなった方々の分も毎日を大切に生きて行ってほしいと願わずにはおられません。

 三つ目として、4月から転校していった3年生の女の子のことです。彼女の家は津波で流されてしまいました。弟も4月から1年生です。彼女は仮設住宅から学校に通っていました。彼女のお母さんがあの大震災から1年が経とうとしていた今年の3月11日の前日に書いたメッセージを紹介いたします。どうぞメッセージをお読みください。私はそのメッセージを3月の卒業式の式辞で読ませて頂きました。“今でも思い出すと涙が止まりません。”その部分を読み始めたら涙が流れて、次の文章が読めなくなりました。涙が止まりませんでした。また彼女がクラスでのお別れ会の時、2年生のクラス全員の友達に送ったメッセージをお読みください。彼女にとって大好きな友達と別れるのはつらい事ですが仕方ありません。12月にも、4年生の子供が転校していきました。
 船着き場には、同じクラスの友達や保護者の方々がたくさん見送りにきていました。別れの汽笛がさみしく何度も鳴り響きました。家族の方は手に紙テープを持ち、目を真っ赤にしながら手を振っていました。見送りの方々も船が見えなくなるまで手を振っていました。

 私は昨年の震災後、転校する子供たちを何度もこのようにして見送りました。そのたびに涙が流れて仕方がありません。“いつか、また帰ってこいよ”と心の中でつぶやきながら、手を振って見送ることしかできません。
 そして4月にもまた、大島小学校から転勤してゆく先生方も同じように見送りました。今年は転勤してゆく先生方の中にも被災している方もおります。たくさんの先生方が大島から転勤してゆきました。
 1年9カ月が経つのは本当に早いものですね。
 たくさんの方々の応援をいただきながら5月19日(土)には、大島小中合同運動会がありました。たくさんの大漁旗と神奈川県のみなさんから送って頂いた鯉のぼりを校庭いっぱいに泳がせ、その中で運動会を行いました。運動会の写真をご覧ください。
 そしてまた、気仙沼大島にきれいな海が復活してきました。私たち教員も、子供たち、保護者のみなさんと力を合わせて大島の復興を目指して頑張ろうと思います。

 大島出身の水上不二は次のような詩を残しました。

    海はいのちのみなもと
    波はいのちのかがやき
    大島よ 永遠にみどりの真珠であれ

 滝野川西エコー広場ボランティアの皆様のご健康をご祈念いたしまして、御礼のごあいさつといたします。みなさん、かぜをひかないようにしてくださいね。本当にありがとうございました。
                                                                                    敬具
                                                                 平成24年12月12日
                                                                      気仙沼市立大島小学校長

        
   
休暇村 仮設住宅の皆様  
大島小職員の皆様 給食のお仕事の方々
 
大島児童館 母親クラブ 大島小学校職員・校長先生の皆様 
     
 
     



  気仙沼市立大島小学校 「大島ソーラン」の様子 2012・05・19  ガンバレ!!!